目次
1. はじめにー世界で3番目に多くの信徒を抱えるヒンドゥー教ー
キリスト教徒、イスラム教徒に次いで信者が多いのがヒンドゥー教徒です。その数は約11億人で日本の総人口の9倍にあたります。人口の8割がヒンドゥー教徒であるインドからの旅行者は年々増えており、2019年には17.5万人ものインド人が来日しました。インドでは著しい経済成長によって、海外旅行をする中間所得者層が増え続けており、今後も多くのヒンドゥー教徒の訪日が予想されます。
この記事では、ヒンドゥー教徒の旅行者を案内する上で知っておきたい歴史や、ガイドが注意すべき点について解説します。
2. ヒンドゥー教の概要
様々な宗教が交わり生まれた
ヒンドゥー教の成り立ちは複雑です。インドの各地で伝わってきた民間信仰が、バラモン教や仏教といった宗教に影響を受けてヒンドゥー教として成立しました。ヒンドゥー教は、整備された宗教思想体系ではなく、インドの信仰・社会制度・文化・風習・倫理体系などの総体を指すものです。多神教であるという点も含めて、日本の神道と近い特徴があります。
教義の特徴としては、輪廻と解脱を基本思想としています。輪廻は、現世での行いによって来世にどんな存在として生まれ変わるかが決まるという考え方で、解脱はその輪廻の循環から離脱し、完全な平穏の境地へと至ることを表します。この思想は仏教とも共通しています。
多神教のヒンドゥー教
ヒンドゥー教は、キリスト教やイスラム教と違い、多神教の宗教です。神様の数は数え方によっては1000以上存在するとも言われますが、三大神にヴィシュヌ、シヴァ、ブラフマーがいます。それぞれの神を最高神として崇拝する宗派があります。
ヴィシュヌ
平和を愛する神です。ヴィシュヌは世界に混乱が訪れた時に、秩序を回復させるために化身として現れると信じられています。巨大な魚、イノシシ、仙人など10の姿があります。その中の一つに、仏教の開祖・ブッダも含まれています。
シヴァ
二面性を持つ神です。死、破壊を象徴する神である一方で、シヴァ派においては創造、再生を司る神として信仰されています。また、シヴァは様々な姿で描かれることも特徴です。具体的には、ヨガの守護神として瞑想する姿や演劇、舞踊の守護神として踊る姿などがあります。
ブラフマー
宇宙と様々な生物の創造主とされる神です。インド神話における宇宙の根本原理であるブラフマンを擬人化して、描いたものです。その姿は、4つの顔と4本の腕があり、手には知識や創造を意味する数珠や水の入った器などを持っています。
また、ヒンドゥー教の神様は、日本の仏教とも関連性があります。富と幸運の女神であるラクシュミーは吉祥天として、シヴァ神の世界を破壊する時の姿であるマハーカーラは大黒天として、芸術と学問の女神であるサラスヴァティーは弁才天として、日本仏教で信仰されています。
世界に分布するヒンドゥー教徒
ヒンドゥー教徒が最も多い国はインドで、約11億人(国民の8割)がヒンドゥー教を信仰しています。次いでネパール(約3,000万人)、バングラデシュ(約2,000万人)、インドネシア(約400万人)の順となります。
特徴的なのが、インドネシアのバリ島で発展した「バリ・ヒンドゥー」です。これは、ヒンドゥー教の文化とバリ島の土着文化が融合して成立したものです。ちなみに、バリ島の「Bali」は「貢物、お供え物、生け贄」という意味があり、バリ島全体が神様へのお供え物とも言えます。
カースト制度
ヒンドゥー教の特徴として、カーストと呼ばれる身分制度があります。原型は紀元前1000年頃から始まったとされています。語源はポルトガル語の”casta”(血統の意味)に由来します。
カースト制度は、ヴァルナとジャーティの二つから成り立っています。基本的な分類としては身分を4つに分けるヴァルナがあります。神聖な職に就けるバラモン、貴族など政治力を持つクシャトリヤ、製造業などに就けるヴァイシャ、農業や手工業などに従事するシュードラがあります。加えて、職業、地縁、血縁などによって分けられた社会集団であるジャーティが存在します。ジャーティ内では大工、床屋などの職業が細かく分けられているので、その数は2,000〜3,000あると言われています。
インドでは、1950年に制定された憲法により、カーストによる差別の禁止が記されています。差別されてきた身分の人に対しては、公共機関・施設で優先的な雇用機会が与えられるなど、待遇改善への取り組みが進んでいます。近年ではジャーティにとらわれず仕事ができるIT産業に従事する人も増えています。しかし、インドの憲法が禁止するのは、あくまでカーストを理由にした差別で、カーストそのものは禁止対象ではありません。そのため、カーストは制度として、人々の間で受け継がれています。また、インドのほかに、ネパールやインドネシアのバリ島にも一部カーストが残っています。
3. ヒンドゥー教における食事制限
神聖な動物、牛は食べない
ヒンドゥー教徒は牛肉を食べません。彼らは牛を神聖な動物と考えているからです。また、他の種類の動物(豚、鳥など)を食べないヒンドゥー教徒もいます。理由は、カースト(身分制度)によって食べてよい肉と食べてはいけない肉が決められていたり、肉全般を食べてはいけないことが決められているからです。
日本に滞在している間、普段は食べない肉を食べたいと考えているヒンドゥー教徒もいるため、旅行者の希望を都度確認した上で対応することが求められます。
また、ヒンドゥー教徒の中には、菜食主義者(ベジタリアン)で寿司などの魚介類を食べない人もいます。実際に案内するときには、旅行者とよくコミュニケーションをとり、柔軟な対応ができるようにしておきましょう。
注意すべきテーブルマナー
ヒンドゥー教徒の中には、浄と不浄の概念を強く持つ人がいます。異なるカースト同士で食事をすることや、同じ料理を取り分ける鍋料理や大皿料理などは避けた方がよいでしょう。
また、左手は排便後にお尻を拭く手なので不浄な手とされており、左手で料理を手渡さないように注意しましょう。
これらの注意点について、実際にはどの程度厳密に対処すべきかは個人差が大きいです。なかにはほとんど気にしない旅行者もいますので、決めつけることはせず、旅行者の信仰度合いに応じた案内を心がけましょう。
ヒンドゥー教徒に好まれる日本の食事
日本食では、野菜の天ぷら、豆腐、蕎麦などはベジタリアンにもノンベジタリアンにも人気があります。また、精進料理は動物性のものを使っていないので、ヒンドゥー教徒の食文化と相性がよいです。日本食以外では、野菜だけのピザやパスタなどのイタリア料理が好まれます。なかには自国の料理しか食べない人もいるので、案内をする旅行者にどのような食事の好みや制限があるか、ヒアリングしておく必要があるでしょう。
4. おわりにーほかに注意すべきこと―
ガイドが気を付けるべき点として、この他に2つ挙げられます。
まず、ヒンドゥー教徒にとって頭は神聖なものとされており、人によって気にする程度は異なりますが、子供などの頭を触らない方がよいでしょう。次に、イスラム教徒やユダヤ教徒にも共通することですが、露出の多い服装や身体のラインがはっきりした服装は、はしたないと思われるので、女性は案内する際の服装には気を付けた方がよいでしょう。
ガイドナビでは、イスラム教徒を案内する上での注意点の記事も公開しているほか、ヒンドゥー教の神様との関連が深い仏教の基礎知識に関する記事などもあります。