目次
1. はじめにー世界の巡礼と日本の巡礼ー
「巡礼」とは、遠く離れた場所にある、それぞれの宗教における聖地を訪れることです。修行や信仰の再確認を行うための行為として、さまざまな宗教で古くから行われてきました。代表的なものには、イスラム教のメッカ(サウジアラビア)、キリスト教のサンティアゴ・デ・コンポステーラ(スペイン)、ルンビニーやブッダガヤなどの仏教の四大聖地(インド、ネパール)への訪問などがあります。
巡礼の起源は古く、ユダヤ教においては紀元前から行われていました。イスラム教における五行(信者がするべき5つの義務)の中に巡礼が含まれていて、宗教が成立した時から信者たちが志すべきものとされてきました。
日本においては奈良時代から平安時代にかけて、現在に残る巡礼の原型が形成されました。今回お伝えする四国八十八ヵ所と西国三十三所は仏教の巡礼で、熊野詣は仏教と神道の要素が混ざり合った巡礼です。
当初は貴族や修行僧に限られたものでしたが、時代を経て、庶民にも広がりました。この記事では、そのような巡礼の歴史や実際にガイドする場合のポイントを紹介します。
2. 代表的な巡礼
イスラム教ではメッカのカーバ神殿、キリスト教ではサンティアゴ・デ・コンポステーラの大聖堂に代表されるように、信者たちはそれぞれの宗教で定められた聖地を目指します。一方で、日本で行われてきた巡礼はいくつもの神社仏閣などの霊場を巡るものが多いです。日本では平安時代から巡礼が行われてきましたが、歴史の中でさまざまな巡礼ルートが作られました。以下では、代表的なものを紹介します。
四国八十八ヵ所
四国八十八ヵ所とは、その名の通り四国にある88か所の仏教寺院の総称で「お遍路」とも呼ばれます。人間には88の煩悩があり、全ての霊場を巡ることで煩悩が消え、願いが叶うとされています。また、四国は弘法大師(空海)ゆかりの地でもあります。
弘法大師(空海)は、真言宗の開祖である僧侶です。774年に讃岐の国(現在の香川県)で生まれました。804年に、後に天台宗の開祖となる最澄とともに遣唐使として唐に渡り、仏教を学びます。日本に帰国したのち、高野山に金剛峯寺を建立し、真言宗を開きました。
四国は古くから僧侶たちの修行の地であり、弘法大師も修行で訪れていました。後に弟子が彼の足跡を遍歴したことが、お遍路の始まりと言われています。一度の旅で全ての霊場を回ると全長は約1300kmにもなるため、現代では多くの場合には、旅路を幾つかに分けて周ります。
西国三十三所
西国三十三所とは、京都、大阪、和歌山、奈良、兵庫、滋賀、岐阜の2府5県に渡る33か所の霊場を周る巡礼です。約1300年前に「徳道上人(とくどうしょうにん)」という僧侶が開きました。日本最古の巡礼で、総距離は1000km以上になります。仏教への信仰心を深めながら、33か所の御朱印を集めることで極楽浄土に行くことができると言われています。
起源は伝承ではありますが、718年、病に倒れ仮死状態になった徳道上人があの世で、死者の生前の罪を裁く閻魔大王(えんまだいおう)に出会ったことが始まりです。
閻魔大王は地獄来る罪深い人が多すぎるため、生きているうちに罪を滅することのできる観音霊場を開くよう徳道上人に命じました。
徳道上人は33の宝印(仏教寺院で用いる印鑑)と、巡礼したものは極楽浄土に行けるという文書を受け取り、生き返りました。約束通りに霊場を開きましたが、残念ながら当時の人々から信用されず、あまり普及しませんでした。
それから約270年後、第65代天皇であり、退位後に出家した花山法皇が跡を継ぎます。修行中、徳道上人の開いた霊場を再興するようにお告げを受け、現在にまで繋がる巡礼地を定めました。現在一般的に行われている御朱印集めは、徳道上人が閻魔大王からもらった宝印が起源といわれています。
熊野詣
熊野詣とは、和歌山県にある、熊野三山(熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社)をお参りすることです。平安時代には「蟻の熊野詣」と呼ばれるほど大勢の人々が列をなして熊野の地を訪れました。
熊野詣が庶民にまで知れ渡るきっかけになったのが、「熊野御幸(くまのごこう)」です。御幸とは、上皇や法皇、女院の外出のことです。平安後期の院政期と呼ばれる時代には、白河、鳥羽、後白河、後鳥羽上皇などは100回以上も熊野を訪れました。このことから、貴族を中心に熊野への参詣が盛んとなりました。
当時は、仏が治める国、浄土に行くことを願う浄土信仰が広がっていました。人々は熊野を浄土に見立て、浄土の地で生まれ変わることを願いました。現在においては、熊野詣には神社の要素が強く見られますが、当時は仏教と神道が混在した信仰でした。
昔は京都から出発するのが通例となっており、往復600kmの道のりを1か月ほどで旅しました。出発する前には、肉や魚などを断ち、身を清める必要があり、熊野詣は厳しい修行の側面がありました。
3. ガイドする上でのポイント
必要な日程
実際に巡礼に挑戦する場合、四国八十八ヵ所(約1300km)や西国三十三所(約1000km)のように立ち寄る霊場が多いものは、かなりの時間が必要です。
例えば、四国八十八ヵ所をすべて徒歩で巡礼した場合には、1か月半ほどかかると言われています。海外からの旅行者には数週間から数ヶ月、長期に渡り休暇を取って、巡礼に挑戦する人もいます。
逆に、熊野詣の場合には、車を利用すれば2泊3日程度で熊野三山を周遊することが可能なため、旅行会社によるバスツアーなども企画されています。
いずれの巡礼の場合にも、それぞれの札所や霊場を訪問するだけでなく、御朱印を集めるようにしておくと旅の記録を残すことができるので、旅行者には積極的に紹介しましょう。
巡礼に関連した体験
巡礼に挑戦する以外にも巡礼を体験する方法があります。例えば、四国八十八ヵ所の場合には、白衣を身にまとい、笠をかぶり、金剛杖を準備した上で、いずれかの札所を訪問すれば、お遍路の雰囲気を気軽に体験することができます。同様に、熊野詣では、平安衣装をレンタルして熊本古道での散策を楽しめます。
加えて、実際に現地を訪問しなくても巡礼を体験できるものもあります。例えば、お砂踏み巡礼は四国八十八ヵ所の各札所の砂を一つの寺院に集めています。砂を踏みながらお参りすれば、実際の巡礼と同じご利益が得られるというシステムです。
4. おわりにー関連記事の紹介ー
巡礼は仏教の修行と観光を両立できる魅力的な体験です。記事で紹介したように巡礼のルートをすべて周遊するには時間を要します。実際に旅程を組み立てる場合には、一部の札所や霊場を訪問したり、巡礼する人の衣装を着てみるなど旅行者の滞在日数やニーズに応じた体験を準備しましょう。
この記事で紹介したもの以外にも様々な巡礼があります。関東地方の坂東三十三観音などの観音霊場巡りや全国に200~300の霊場があるとも言われる七福神巡りなど各地域に存在します。
ガイドナビでは、神道や仏教の基礎知識や、西国三十三所や熊野詣と関わる世界遺産について解説した記事なども掲載していますので、ぜひご活用ください。