【神道】日本人の生活に根付く、神道の歴史・ルーツを知ろう

ナレッジ

1. はじめにー日本人の生活に根付く神道ー

神道について理解しておくことは、海外からの旅行者を案内するガイドとして非常に重要なポイントです。日本全国には、大都市から小さな村まで、約8万もの神社が存在すると言われています。その数の多さから、神道が日本人の生活に深く根付いていることが伺えます。

神道は宗教の一種ではあるものの、日常的に神道の宗教的な活動を意識して行っている日本人はそれほど多くないかと思います。一方で、初詣や、七五三・結婚式などの通過儀礼で神道のお世話になる人も多いのではないでしょうか。

実際のツアーでは、このような神道の特徴を旅行者に説明する機会もあります。加えて、伏見稲荷大社や明治神宮などの代表的な神社を訪れた時には、どんな種類の神様が神道にはいるのか、神道はいつから存在するのかといった、いろんな観点で説明が求められます。

まずは神道に関する全般的な基礎知識について、この記事では紹介します。

2. 神道の特徴

神道 天満宮

ほかの宗教と比較したときに、伝えるべき代表的な特徴について、この項目では紹介します。内容としては数多くの神様がいること、経典が存在しないこと、通過儀礼の役割があることです。

神様の種類

八百万(やおよろず)の神という言葉もあるように、神道には数多くの神様が存在します。いろいろな種類の神様がいる中で、主要なものである「神話の神様」、「自然神」、「実在した人物」について触れます。

「神話の神様」
神社には古事記や日本書紀で登場する神様が祀られていることが多いです。例えば太陽神、最高神である「天照大御神(あまてらすおおみかみ)」や、その産みの親である「伊邪那岐命(いざなぎのみこと)」と「伊邪那美命(いざなみのみこと)」などが有名です。
旅行者に紹介する時には、どのような特徴を持った神様であるか説明することが想定されます。お参りするとどのようなご利益を得られるかと合わせて、神話で登場したストーリーも旅行者の興味に応じて伝えられるよう準備しておく必要があります。各神社の神様の特徴については別記事でもご紹介しています。

「自然神」
古代の日本人は、暮らしの中で身近な存在に神様が宿ると考えていました。山、川、岩石、巨木などの自然の中に存在するものや、火、雨、風、雷などの自然現象に対する信仰が各地で行われてきました。現在でも、自然そのものに対して神々しさを覚える感性は人々にも残っていますが、自然をつかさどる神様に対する信仰に置き換わっていることも多いです。

「実在した人物」
歴史上の人物が神様として祀られていることもあります。神様になるまでの経緯は人によってさまざまですが、主には二つの場合に分かれます。
一つは生前の功績をたたえて、敬意を表するために神社がつくられるケースです。例えば、徳川家康が東照宮、豊臣秀吉が豊国神社に祀られているのが相当します。
もう一つは、祟りや呪いを恐れて神格化されるケースです。菅原道真を祀る天満宮や平将門を祀る神田明神が具体的な例です。死んだ人間が、生きている人間に災いをもたらすという日本古来の考えが反映されているとも言えます。

経典が存在しない

神道の特徴として、守るべき教えや決まりは経典のような文書で、定められていません。もちろん、神社をお参りする時には、参道の真ん中を歩かない、二礼二拍一礼でお祈りするといった作法が存在しますが、これらはあくまで習慣的に成立したものです。

経典ではないですが、古事記や日本書紀のような、神道の世界観や考え方に深く関連する書物は存在します。しかし、これらは信仰すべき唯一神の存在や、宗教の開祖、あるいは教義について説明してはいません。

なぜ神道には経典がないのでしょうか。これには神道の成り立ちが関係しています。神道は自然信仰などの古くから伝わってきた信仰をベースに、上記の古事記のような天皇を祀る信仰が加わり、さらには仏教や儒教などの宗教や思想が混ざりあって成り立っています。

その結果、明確な教義がなく曖昧ではあるものの、多様な考え方を取り入れられる宗教となりました。そのような柔軟なスタイルだからこそ、数多くの人が信仰しているとも言えますし、神道がわかりにくい理由であるとも言えます。

通過儀礼の役割

このほかにも神道の特徴として、日本人の生活に溶け込んでいることが挙げられます。誕生、結婚、年祝いなど、人生の節目に行うお祝いは、神道との関わりを意識せず人々は行っていますが、これら通過儀礼は神道と関わりがあります。

神社を案内している時に、お宮参り、七五三、結婚式を行っているところに遭遇する可能性があるので、それぞれに関する歴史的背景や風習について説明することが想定されます。

お宮参りは生後約1か月の赤ちゃんを連れて行う儀式です。赤ちゃんの健やかな成長を願い、両親と父方の祖母が付き添ってお参りをします。お宮参りに限らず、生まれて間もない時期には、お七夜やお食い初めなどお祝いの行事が数多く存在します。
これには歴史的背景があります。昔は現在ほど医療体制や食事の栄養バランスも良くありませんでした。そのため、赤ちゃんが無事成長するのが難しかったこともあり、節目で神様に無事と健康を祈る必要がありました。

また、七五三は地域によって異なりますが、一般的には男子は3歳と5歳、女子は3歳と7歳に行う儀礼です。こちらも子どもの健康と成長を願う風習ですが、平安時代の公家で行なわれていた儀式に由来するものと言われています。

そして、結婚式も神社で行われる儀礼の一つです。神道での結婚式では、水で身を清める、海の幸や山の幸などの食べ物をお供えするなど、ほかの神事でも見られる作法で式典が行われます。しかしながら、神道における結婚式の歴史は意外に長くありません。神社での神前式が行われるようになったのは明治時代からと言われています。当時の皇太子(のちの大正天皇)の結婚式が神前で式を挙げたことがきっかけで、日本全国に広まっていきました。

このほかにも厄年や還暦に代表される年祝いなど、日本人の生活に根付いた神道の風習を海外の旅行者に紹介する可能性があります。

3. 神道の歴史

神道 自然崇拝

数多くの神様がいることや経典が存在しないなど、神道の特徴について紹介しましたが、ここでは神道の歴史について、誕生から現在までの変遷を時系列で記載しています。

原型は古代に誕生

神道がいつから始まったかは定説はありません。しかし、その始まりは弥生時代から古墳時代あたりにまでさかのぼると言われています。上記で紹介したように、身近に存在する自然に神が宿るとする自然信仰が神道の始まりだと言われています。

大木や巨大な岩などを、神が降りてくる場所として見立ていました。そのような場所で宗教的な儀式も行われるようになり、時代を経ると仏教の寺院建築を取り入れて、現在のような神社の社殿が出来上がっていきました。

特に、奈良時代には天皇を中心とした政権が誕生し、国の制度が整えられました。そのなかで、政権の正当性を強めるために、神話がつくられ、神道と皇室の結びつきが強くなったとも言われています。

神仏習合

6世紀には仏教が日本へ伝来し、普及していくにつれて、神道と仏教は次第に混合するようになりました。両者が融合し、一つの信仰が形成される現象を神仏習合と呼びます。

朝廷での儀式や伊勢神宮では仏教色は排除されたなど、地域や時代によって区別の度合いは異なりますが、神仏習合による多様な信仰スタイルが形成されました。

具体的には、仏堂を神社の境内に建てたり、お寺に神道式の社がつくられたり、神様の前でお経が唱えられたりするなどの現象が起きました。また、修験道のように両者の融合で生まれた日本独自の宗教も誕生しました。

近代の国家神道

明治時代を迎えると神仏習合を取り巻く環境が変わりました。日本政府は天皇を中心とした近代国家をつくる上で、神道を非常に重視しました。その流れの中で神道と仏教が分けられ、それまでの宗教の仕組みが変えられました。

神仏習合の影響で、神道と仏教には現在でも似ている部分がありつつも、別の宗教として存在しているのには、このような背景があります。

その後、国家神道体制が整えられましたが、第二次世界大戦後には、日本の国家主義化、軍国主義化の原因として問題視され、その体制が解体されました。そして、現在の神社本庁をはじめとした宗教法人へと移行しました。

4. おわりにー説明する上でのポイントー

神道の代表的な特徴とおおまかな歴史についてご紹介しました。特に神仏習合は理解が難しいので、神道と仏教、それぞれについて旅行者がある程度知識を持っていた場合に、紹介した方がよいかもしれません。

実際に旅行者を案内する上では、訪問した神社に祀られている神様について説明することが中心になるかと思います。そこから派生してほかの神様の種類などついて話す可能性があります。その中でも、神話の神様に関する解説は難易度が高いです。ストーリーが長く、数多くの神様が登場するため、一部の話を抜粋して伝えるなどの工夫を凝らして説明する必要があります。

ガイドナビでは神道について別の記事でも解説しているので、そちらもチェックしてみてください。


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