【コラム】奇跡の再会(転ばぬ先のガイド事件簿)

エピソード

このコーナーでは、皆さんの今後の活動の参考にしていただくよう、全国のインバウンドガイドの様々な体験、失敗談のエピソードを紹介致します。今回は東京都在住の全国通訳案内士(英語)、団体客からFITまで対応されている高田奈々子さんにお話を伺いました。

トラブル発生!お客様が現れない

クルーズ船ツアーには、乗船前に出発地の観光を楽しむ「プレツアー」もあります。今年の春、高田さんは上野・浅草を半日巡るコースを担当しました。都内のホテルから現地に向かうたくさんのバスのうちの1台、37名のお客様を任せられました。クルーズ船のお客様は年配の方が多いのが常ですが、この日のお客様には、電動歩行器をお使いのご婦人がお二人(お一人で参加の方とご夫婦で参加の奥様)いらっしゃいました。ガイドとしてはご案内時の移動のペースに気を遣うお客様です。

新型コロナウイルス感染症に対する規制が緩和されて以来、浅草には一気に賑わいが戻っていました。バスの車窓から見えた仲見世通りは、たくさんの人で混雑している様子が伺え、『これはなかなか大変だ』と、高田さんの気持ちは引き締まりました。

この混雑の中、雷門から本堂までの往復を案内するのは時間的に難しいと判断した高田さんは、バスの下車場所を本堂の北側の言問通りに変更し、二天門から本堂へ、それから仲見世通りを南下して雷門へ向かう片道ルートを選択しました。集合場所は雷門の向かいの観光案内所「浅草文化観光センター」です。案内を始める前に浅草寺周辺の地図を配り、今下車した場所はここ、集合場所はここ、集合時間は何時何分!など、しっかり説明してからガイディングを開始したのです。

お客様をお連れしながら境内を歩くのですが、何しろ37人の団体です。混雑の中で終着点まで全員が離れることなく辿り着くのは、案の定、無理でした。結局一団から離れてしまう方が複数あり、集合場所で全員が揃うのを待つこととしました。

そして集合時刻となりましたが、奥様が電動歩行器を使われているご夫婦が、観光案内所に現れません。もうお一人の歩行器のお客様は早々にいらしたで一安心、途中で見失ったもののご夫婦も定刻には間に合うだろう、と楽観していたのですが、思う結果となりませんでした。

その時ガイドがとった対処法は?

集まったお客様にお待ち頂いて仲見世通りを戻ってみましたが、ごった返す観光客の中に、ご夫婦を見つけることは出来ませんでした。ここで高田さんは、お揃いのお客様だけでバスに乗って頂き出発する、と決断しました。はぐれた方は遅れての到着でも集合場所まで来れば、同じツアーの別のグループに合流出来る可能性もあるからです。旅行会社にもその旨を連絡し、了承を得て行動に移りました。

5分ほど歩いて、バスの待つ場所へ着きました。するとなんと、見つからなかったご夫婦がそこにいらしたのです。「集合場所は浅草文化観光センター」という説明はしていましたが、2ブロック離れているバスの乗車場所まではお話していなかったのに、です。
「本当に奇跡的な偶然が起こっていたのです」
ご夫婦にお話を伺うと、「途中ではぐれてしまったので、合流を諦めてホテルに戻ろうとタクシーに乗った。走り出して間もなく、なんと自分たちの乗ってきたバスが停車しているのを発見した。慌ててタクシーを降りてバスのそばで待っていた。バスのデザインを覚えていたのが幸いした。」ということだったのです。
「そんなこともあるのですね。驚いたのはもちろんですが、迷子になってしまったお客様と再会出来て、本当に嬉しかったです。」と、高田さんはこの時の安堵を思い起こします。

トラブルの原因はどこに?

実は高田さんは、これまでのガイド業務経験でお客様の迷子を出したことがないのが自慢でした。しかし、今回は人出の多いスポット、グループの人数が多かった、歩行器の方と他のお客様のペースの違いで集団がバラけてしまった、等が重なったことでご夫婦を迷子にしてしまったと分析しています。

転ばぬ先の防止策は?

「この時はどうすればよかったのか、その後もよく考えますが、明確な答えは出せていません」。いつものようにガイドとして集団の先頭に立ったが、ゆっくり歩くお客様に配慮して、最後尾のポジションをとるのが適切だったのでは?混雑している仲見世通りを歩かないようお伝えすればよかったか?など考えが巡ります。
「少なくとも、これからは配慮が必要なお客様には、集合場所の説明や裏道のご案内など特別に時間を取るように、と思っています。」と、より上質なサービスを目指して、意気軒昂な高田さんでした。
(執筆:舟橋 宏/GICSS研究会)

高田奈々子(全国通訳案内士)

2015年より全国通訳案内士(英語)として、学生、シニア、VIPも含めてFIT、団体向け、ロングツアーも含めて幅広く稼働。自身のルーツでもある奈良と長野、育った山梨を得意とする。茶道を30年続けており、関連して陶磁器のギャラリーと窯元巡りも楽しむ。コロナ禍中に、家の茶室を整え、留学生や海外からの訪日外国人を茶室に招く交流を行った。長期的には伝統工芸の魅力を広める活動にも取り組むべく模索中。

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