このコーナーでは、毎回異なるテーマを設定して、数名のガイドで座談会を行っています。経験して嬉しかったことや、大変だったこと、心に残る思い出などを語って頂いています。
今回は3名の全国通訳案内士の皆さんに、「ガイドの仕事はやっぱり楽しい!」のタイトルでお話し頂きました。
出席者
・吉川奈奈子(英語 全国通訳案内士、東京都在住 2014年よりガイド業務)
・小松原旬代(英語 全国通訳案内士、広島県在住 2019年よりガイド業務)
・浦田博司 (英語 全国通訳案内士、東京都在住 2018年よりガイド業務)
司会:ガイドにとっての最繁忙期にお集まり頂き、ありがとうございます。
今回は「ガイドの仕事はやっぱり楽しい!」というテーマです。小松原さんはお住いの広島市でご活躍ですね。5月のG7サミットを控えていかがですか?
小松原:はい、広島市内や宮島などで既に規制が強化されていて、ツアーにも影響が出そうです。広島では原爆は避けられない話題ですが、「重たい、暗い」で終わらせないように心がけています。
浦田:それはなかなか難しそうですね。
小松原:平和記念公園にある「原爆の子の像」の前では、モデルとなった佐々木禎子さんについて詳しく説明します。2歳で被ばくし、白血病で亡くなったのは12歳のときでした。「自身の回復を願って千羽鶴を折り続けた」と思われていますが、実はご家族が借金を抱えて大変な苦労をされており、禎子さんが折り鶴にこめた願いは、家族の幸せでした。
一同:あぁ、そうだったのですか。
小松原:禎子さんの実兄で、八十路を迎えられた佐々木雅弘さんは平和活動に従事されています。その活動の中で、原爆投下を命じた当時のトルーマン米大統領のお孫さん、ダニエル・トルーマンさんと交流が生まれ、「原爆の子の像」の前で雅弘さんとダニエルさんがハグをしている写真もあります。
司会:それは知りませんでした。
小松原:と、ここまでお話しすると、それまで重苦しい雰囲気だったお客様がホッとされたり、「和解の象徴ね」と感動の涙を流されたりします。
「原爆の子の像」の周囲には折り鶴の奉納用のブースもあって、奉納を希望されるお客様のために、私は予め人数分の折り鶴を準備しておきます。
吉川:素敵なご配慮ですね!
小松原:「広島には重たい気持ちで来たが、あなたの説明のお蔭で救われた」と仰って頂けることや、お客様が前向きな気持ちで広島を発たれるのをお見送りすることは、ガイドとしては嬉しいですね。
司会:感動的なお話です。吉川さんはいかがですか。
吉川:私は都内観光のご案内が多く、太平洋戦争では東京の多くが焼失してしまった事実は必ずお話しします。
既に敗色濃厚だった戦争末期の日本では、多くの人が「もう戦争はこりごり」と感じていたこともあり、戦後の復興に多大な貢献をしたアメリカなどの連合国に対しては感謝の気持ちを抱いている人も多いとご紹介すると、戦勝国の多くのお客様から「救われた」とのコメントを頂きます。
浦田:良い印象を持って帰って頂くのは大切ですね。浅草寺をご案内する時、「ここは東京で最古のお寺だが、現存のほとんどの建物が戦災で焼失し再建された」と説明すると、「日本の古い建物を見たいと期待して来たのに…」とガッカリされる方もいらっしゃいます。そこで「しかし、震災にも戦災にもめげず生き延びたオリジナルの建物もあります」と浅草神社と二天門を紹介すると、ガッカリの反動で「400年近くもよく残っていたなあ」と、とても感心して頂けます。
司会:ガイドブックやネット情報だけではわからない、通訳ガイドならではの説明ですね。
小松原:お客様の趣味・嗜好を把握するのは大切ですね。宮島へ向かうJR西日本のフェリーに乗っている時に、船内放送から(CMでしょうか)歌手のAdoさんの声を聞き取って「ファンなので嬉しい」と感激されるお客様は、『J-POPや日本のサブカルに詳しい方』とわかりました。日本語を勉強してから日本にいらっしゃる方も結構多く、宮島の狛犬のところで「あ」と「ん」の説明をすると「なるほど」と納得され、「意味がわかって写真を撮ると違うね」とおっしゃって頂けます。
浦田:昨年秋から入国制限が一気に解禁された今、満を持して来日されるお客様が多いように思います。先月ご案内した方たちは「ガイドは必要ないですね(苦笑)」とこちらから冗談を言うくらい訪問先の知識が豊富でしたが、それもそのはず「待っている3年間にガイドブックを読み尽くした、日本についてありとあらゆる情報を得ていた」そうです。
「ようやく夢が現実になってとても感動している」とのことで、その夢の実現の現場に立ち会えることもガイドの楽しみだなと感じました。
吉川:お客様が何を求めているかを知ること、それを五感でキャッチすること、がガイドをやる上での醍醐味とも言えますね。ガイドブックだけではわからない部分、例えば浜離宮に行って実際に様々な種類の桜が咲いているのを見たり、汐入の池で海の匂いを感じたりすることが思い出につながる訳で、日頃のわずらわしさから離れ、そうした思い出づくりのお手伝いできることも、ガイドの喜びですね。
司会:こればかりはガイドを経験しないとわからないことかも知れませんね。
小松原:桜の時期のクルーズ船のお客様の話ですが、寄港する先々で思い出に残るアート作品をお集めになる方がいらっしゃいました。「せっかく桜の季節なので桜の絵を買いたい」とのご希望でした。
浦田:アート作品を探すのは、ちょっと大変そうだなあ。
小松原:そうなんです。画廊もすぐには見つからないし、その日はツアー終了後、私もこのお客様に同行できないので、ふと思いついて広島市内の大手百貨店に電話をしたところ、桜の絵が何枚かあることが確認できました。
司会:それはよかった!
小松原:「桜の絵を探している」というメモをお客様にお渡しして、お店への行き方と、着いたら担当の方にこのメモを渡して頂くようにお伝えしました。最終的な結果はお聞きしていないのですが、思いもよらぬご要望を受けた際は、ガイドの瞬発力が試されますね。
浦田:そうした要望に応じられた際には、ガイドとしての満足感がありますね。
小松原:はい、自己肯定感が高まります(笑)。
吉川:私はガイドを始める前は長年専業主婦だったのですが、主婦業は何をやっても当たり前。それがガイド業務ではお客様が皆さん「ありがとう」と言って下さるのです。色々と大変なことはあるけれど、こんな楽しい仕事はないと思っています。
司会:ガイドの楽しさは汲めども尽きず、ですね。本日はどうもありがとうございました。
一同:ありがとうございました!
編集後記:広島は辛い思いをしそうだから行きたくない、と渋るお客様はいらっしゃいます。今回の皆さんのお話から、悲劇の事実は事実として、その後の和解の話などが伝えられれば、前向きな印象も持ってもらえることがよく判りました。これもガイドとしての重要な役割ですね。本当にガイドの仕事は奥が深いと思います。
(司会・執筆:三浦陽一/GICSS研究会)
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