このコーナーでは、毎回異なるテーマを設定して、数名のガイドで座談会を行っています。経験して嬉しかったことや、大変だったこと、心に残る思い出などを語って頂いています。
今回も経験豊富な3人の全国通訳案内士の皆さんの尽きることないお話の中より「〇〇を探せ! ハラハラ、ドキドキの捜索記」と題して、グループツアーでありがちなトラブルで大汗をかいた体験をお伝えします。
出席者
・藤田みさ子(英語 全国通訳案内士、兵庫県在住 2008年よりガイド業務)
・岡田幸雄 (英語 全国通訳案内士、千葉県在住 2015年よりガイド業務)
・田島修二(英語 全国通訳案内士、埼玉県在住 2006年よりガイド業務)
司会:前回のテーマは「冷や汗」でしたが、今回ご登場の皆さんには「大汗」をかいたできごとについて伺います。藤田さんは、お客様の落とし物ですね。
藤田:はい、英国から来られたグループ三十数名を広島の宮島にご案内した時のことです。宮島の港に着いて、海沿いの道を進み、坂を上って五重塔へ、それから厳島神社に下る行程でした。
広島市内のホテルに戻った後、夜の8時過ぎにあるお客様から電話があり「ダイヤのネックレスを宮島で落としたので、大至急宮島に戻りたい。ついてはすぐに船のチャーターを」という緊急出動要請でした。
田島:そりゃ、また無茶な!
藤田:「写真を見ると、五重塔まではネックレスが写っていたが、その後の厳島神社での写真には写っていない。だから厳島神社で落としたに違いない。厳島神社に取りに行きたい」と。
岡田:その時間から行っても閉まってますよねえ。
藤田:さすがにすぐは無理ですが、宮島口の近くに私の友人が住んでいるのを思い出し、すぐに連絡しました。通訳ガイドである彼女に事情を話すと、翌日早朝にこのお客様と厳島神社に行くのを引き受けてくれました。
司会:ストライクな場所にご友人がいらして、ラッキーでしたね。
藤田:そのような対応をしていることをお客様に了解して頂き、友人には、広島駅の出発までに合流できない場合に備えて、1名分の新幹線の切符購入の補助のお願いや、降車後乗り継ぐタクシーの運転手さんに渡すホテルの情報も託す、と先手、先手を打って翌日を迎えました。
田島:まさに綱渡りですね。
藤田:そして、果たして…落としたネックレスは何と社務所に届いていました!
一同:よかった!
藤田:前日のうちに落とし物として届け出があったそうです。お客様はとても喜ばれて、予定の新幹線にも間に合いました。
司会:これまた、よかった!聞いているだけで、ハラハラドキドキのお話でしたね。岡田さんも同じような経験がおありだとか。
岡田:はい、インバウンド再開のつい最近の話ですが、フィリピンから教育関係の20代から80代までと幅広い年齢の50名ほどが、視察のために来日されました。バス2台に分乗し、成田から新宿のホテルまで移動して夕食もご一緒した、その後のことです。
2人のツアーリーダーとSNSのWhatsAppで連絡が取れるよう連絡先交換をしておいたのですが、私が自宅に戻った夜10時過ぎに「スマホを落としたので代替品をレンタルしたい」と連絡が来ました。ちなみに、落した方がもう一人の方のスマホを借りて、です。
藤田:スマホの紛失もありがちな話ですよね。
岡田:手配のしようがない時間帯なので、どこで落とした可能性があるのか聞いてみたところ、夕食後、新宿のドン・キホーテに買い物に行かれたそうです。
司会:アジアのお客様に大人気のスポットですね。
岡田:ただし新宿に数件ある店舗のどれかまでは特定できなかったので、わたしが片っ端から電話をかけました。24時間営業なので夜間でも電話対応してくれましたが、どのお店にもスマホの落とし物は届いていないということでした。
田島:他に可能性があるのは?
岡田:「タクシーの領収書は持っている」とのことでしたので、すぐにWhatsAppで領収書の写真を送ってもらいました。その写真でタクシー会社が判ったので、会社に電話すると、担当の運転手さんも判明しました。ひとつクリアと安堵しましたが、今度は実車中らしく、運転手さんと電話がつながらない状況が続きました。もうダメかなと諦めかけた午前0時頃、このタクシー内で見つかったと連絡がありました。
一同:それはすごい!
岡田:翌朝早く江戸川区へ帰庫するらしいのですが、幸いお客様がお泊りのホテルがある新宿を通るとのことで、フロントに預けて頂けることになりました。終わってみれば、前日の夜になくしたスマホが翌朝の5時にはホテルのフロントに戻ってきた、という話ですが、その数時間は大スペクタクルでしたよ。
藤田:タクシーで何か落としても戻ってくるのは、日本くらいかも知れませんね。
岡田:そうですね。お客様に「タクシーに乗ったら必ず領収書をもらうように」と伝えておくのは重要だと、再認識しました。
司会:夜中過ぎまでのフォロー大変だったでしょうが、見つかって何よりでした。
田島:私の場合は、ちょっと前の話で今のようにスマホやSNSで自由に連絡が取り合えない頃のことです。オーストラリアのお客様20名余りをツアーの初日に浅草にご案内しました。
司会:浅草はいつも混雑しているから、グループのコントロールが大変ですね。
田島:募集型のツアーでしたが、単独で参加されていたご年配の男性がいて、他の参加者と余り交わることもなく、ほとんど独りで行動されていました。この方が自由時間に浅草寺で行方不明になってしまいました。
岡田:浅草寺での迷子探しは大変だ!
田島:ツアーリーダーと一緒に境内をあちこち探し回りました。浅草寺には呼び出しのスピーカーシステムがあるので、それを使って呼び掛けましたが反応がありません。
司会:それは焦りますね。
田島:捜索のために自由食の昼食時間を延長したので、次の予定が飛んでしまいました。結局、ツアーリーダーとも相談して、見つからないまま出発、ホテルに戻りました。ところがなんとこのお客様、自力で浅草からホテルに帰っていらっしゃいました。
藤田:なんと?!
田島:私もホテルに一本電話を入れて状況を伝えればよかったのですが、捜索することしか頭になく、全く思いつきませんでした。後から考えれば『何でそれに気が付かなかったのか』と自分でも思いますが、日本に着いたばかりで右も左もわからないお客様が一人でホテルに戻るなんて想定外でした。今みたいに「初めての土地でもアプリでいろいろ調べて行動できる観光客が珍しくない時代」ではなかったですからね。
司会:お客様がご無事で何よりでした。今日は三人三様のお話に、聞いているこちらもドキドキしましたが、今後そんなケースに遭遇したら、今日のお話が役に立ちそうです。そんな日は来てほしくないですが(笑)、ありがとうございました。
一同:ありがとうございました!
編集後記:ガイドの仕事をしているとハラハラドキドキは日常茶飯事ですが、迷子や失くし物が発生すると、ガイドだけでなくお客様や関係の方々に大変な負担がかかることを改めて感じました。今回のケースはいずれも無事に解決しましたが、トラブル発生の際にガイドが適切な対応をすることが、お客様の満足度につながっていくのではないでしょうか。
(司会・執筆:三浦陽一/GICSS研究会)
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