このコーナーでは、毎回異なるテーマを設定して、数名のガイドで座談会を行っています。経験して嬉しかったことや、大変だったこと、心に残る思い出などを語ります。
今回は3人の経験豊富な全国通訳案内士の方々に「ガイドのヒヤヒヤ冷や汗体験」と題して、語って頂きました。
出席者
・島田秀夫(英語 全国通訳案内士、埼玉県在住 2006年よりガイド業務)
・藤村みどり(英語 全国通訳案内士、兵庫県在住 2008年よりガイド業務)
・下岡知行 (英語 全国通訳案内士、千葉県在住 2015年よりガイド業務)
司会:島田さんは様々な経験をお持ちと伺っていますが、一番の冷や汗体験は?
島田:冷や汗はガイド自身がかく事の方が多いのですが、お客様も自分も「参った!」という経験があります。10年以上前にバスで箱根に行きました。3月末で天気予報も悪くはなかったのに、箱根新道を芦ノ湖に向かっている最中に雪が降り始めました。かなりの降雪量で道路は雪にはまった車で大渋滞し、身動きが取れなくなりました。
下岡:3月末の関東でそんなに雪が降ることが⁈
島田:芦ノ湖に着いた時にはもう午後6時頃になっていましたから、海賊船の最終便にも間に合いませんでした。
藤村:それでは一日をバスの中で過ごしたようなものですね。
島田:長時間閉じ込められていたので、「トイレ休憩を」と思い、箱根町港に近い箱根ホテルのトイレをお借りしました。多くのお客様が利用されたのですが、何せ大雪で足元が悪いので、バスの外に出るのを諦めた女性のお客様が何人かいらっしゃいました。
司会:何やらちょっと嫌な予感ですね。
島田:この日は桃源台近くのパレスホテルに宿泊予定で、通常ならあと20分ほどですから、「やれやれ」とほっとしていたのですが、何とホテルへの近道が通行止め!
下岡:そりゃ大変だ。
島田:迂回ルートにも大雪で放置された車があちこちにあって大渋滞でした。止まっては進み、進んでは止まる、の繰り返しで、ホテルに着いたのは何と翌朝3時半でした。
司会:お客様はトイレに行かれず?
島田:そうです。箱根ホテルでバスから降りられなかった方たちは、12時間以上用を足せませんでした。でも、この時お客様から何も文句が出なかったのはありがたく感じましたね。やむをえない状況ですが、ドライバーさんもぶっ続けの運転で本当に大変だったと思います。冷や汗も凍り付く体験でした。
司会:いやあ、こちらも聞いていて辛くなります。
島田:何とか渋滞を抜けたところで、道端を雪まみれになって「雪中行軍」しているガイド仲間と外国人のお客様一行を見つけたハプニングもありました。しかもお客様の一人は雪道で転倒して顔面から流血、見かねて私たちのバスに乗って頂きました。
司会:どれだけひどい雪だったか伝わってきますね。関西をベースにご活躍の藤村さんはいかがでしょう?
藤村:10月末に、神戸からクルーズ船のお客様をバス複数台で京都にご案内した時のことです。先輩のベテランガイドさんが先行し、私がその後を追う形で、平安神宮へとお客様をご案内しました。平安神宮の日本庭園には大きな池があって、ソフィア・コッポラの映画『ロスト・イン・トランスレーション』の舞台で、外国人観光客に人気のスポットです。池を飛び石で渡れるようになっているのですが、年に何度かここでバランスを崩して池に落ちる方がいると聞いていました。
島田:あそこの飛び石は結構危ない感じですね。
藤村:「飛び石を渡りたい」と言うお客様には、何度も「ここは危ないから気を付けて、落ちても自己責任ですよ」と口を酸っぱくして注意しました。私は荷物が多かったので、飛び石は渡らず、遠回りして池の周りを巡って行ったのですが、途中でなんとポチャンと音が……
司会:あぁ、なんと!
藤村:落ちたのは中年女性のお客様でした。池はそれほど深くないので何とか自力で這い上がって来られたのですが、全身泥だらけ。体や髪を洗ったり着替えたりなど、私が手伝わざるをえないので、次の訪問地であるハンディクラフトセンター(HCC)へは他のお客様だけで行って頂かなければなりません。この旨を先行してHCCに居る先輩ガイドに伝えようと電話しますが、こういう時に限ってつながりません。私が居なくてもお客様が不安にならない様に受け入れをして欲しいと連絡したかったのですが。
下岡:トラブルの時あるある、ですね。
藤村:HCCでも呼び出して頂きましたが、結局先輩ガイドにはつながらず、そのままお客様の中のリーダー格の方たちにお願いして出発して頂き、私と彼女は後から徒歩でHCCに向かうことにしました。
司会:大変でしたね。
藤村:平安神宮ではそんな時に備えて着替えが用意してあると聞いたことがあったので、社務所で尋ねると、ちゃんとシャワーが使える施設がありました。
司会:それは知りませんでしたが、助かりましたね。
藤村:驚いたことに寄進された下着やらTシャツやらが置いてあって、その中からお客様に合うものに着替えることも出来たのです。暖かい日でしたが、異国の地で池にはまって、恥ずかしいし、痛いし、随分ショックだったと思います。彼女の「お礼に寄付をした方がいいかしら?」との申し出に、「しなくてもいいですよ」と申し上げたのですが、「お気持ちだけで十分です」という表現の方がよかったと思っています。
司会:それにしても、滅多にない体験でしたね。
藤村:「ちゃんと事前に注意を喚起して、自己責任で渡るように伝えていたのだから、あなたは悪くない」とおっしゃって下さり、大きな怪我も無くホッとしました。旅行会社や先輩ガイドへの連絡などは大変でしたけど(笑)
司会:下岡さんはどのような体験を?
下岡:お二人とはまたちょっと違った意味での冷や汗体験です。
コロナ禍になる直前のことですが、ハワイから来日された30人のグループを西日本中心にご案内しました。関空から入って京都やゴールデンルートなどを回る14日間のツアーでしたが、本国から添乗しているツアーリーダーの女性が大変要求の多い方で、ほとんど毎日のように、時には思い付きで様々なリクエストが来ます。
司会:30人の団体では簡単に行程を変更出来ませんよね。
下岡:ルートに入っていない訪問先に行きたいと何度も言われました。
島田:仕切るリーダーにありがちですね。
下岡:高山で二泊して翌朝出発する直前に、このツアーリーダーから、「昨夜現金の収支をチェックしたら3万6千円現金が不足している」と伝えられました。
藤村:なぜそれをガイドに相談?
下岡:「ドライバーさんに渡したチップの金額が間違っていたらしい」と。彼女は4千円渡したつもりだが渡したのは4万円らしいのです。さらに「ついては以下の対応をお願いしたい、1.ドライバーさんに連絡する 2.渡した金額を確認してもらう 3.もし4万円と確認出来たら差額の3万6千円を返してほしい」と。
一同:そんな無茶な…
下岡:このドライバーさんは前日で業務を終えていたので、「もう4万円は使ってしまったかもしれませんよ」と釘を刺してから電話しました。結果は「受け取ったのは4万円」でした。少々クセの強いドライバーさんだったので、冷や汗をかきながら事情を説明したところ、幸いにも返金を了解してくれました。ツアーリーダーには私が立て替えた3万6千円を渡し、ドライバーさんからは後日郵送料などは差し引いた額を現金書留で私宛に送ってもらうこととし、これで一件落着となりました。
司会:郵送料などは下岡さんのご負担ですか?
下岡:現金書留や切手代の証明が難しかったので自分が被りました。「素晴らしいチップ!」と喜んだのも束の間のドライバーさんが気の毒だったので、後日スタミナドリンクを一箱お送りしておきました。それも私の持ち出しでしたけどね。
司会:冷や汗をかいただけじゃなくて、その後始末まで大変でしたね。本日はいろいろな体験をされている皆さんならではのお話を、どうもありがとうございました。
一同:ありがとうございました!
編集後記:今回参加して頂いた皆さんはエピソードに事欠かず、次から次へと興味深い体験が飛び出しました。天候の急変、思いもよらぬハプニングやミス、毎回のことながらこれらの出来事に慌てず冷静に対応していくことがガイドの大きな役割と感じ入りました。重ねたツアーの数だけ現場対応能力もアップしたいですね。
(司会・執筆:三浦陽一/GICSS研究会)