【コラム】関門海峡、赤間神社で(ガイドの、ガイド)

エピソード

全国で地元のインバウンド観光資源を開発して磨きあげる活動が見受けられる中、九州(福岡県北九州市)と本州(山口県下関市)を隔てる関門海峡を挟む“関門エリア”に出向く機会がありました。地元の英語ガイドさんを育成するプログラムの現場実習で、ガイドを目指す方々が携帯カメラを片手に撮影しながらメモ取りしながら、熱心に実演演習を行う場でした。

門司港駅から向かった和布刈(めかり)公園、そして和布刈神社から眺めた関門海峡は目前を大型船舶が往来する圧巻でした。海峡が一番狭まった場所は、向かい側の壇ノ浦との距離が僅か600mです。潮の流れは東向きならE、西ならW、そして速さが電光掲示板に示されますが、国内では鳴門海峡や来島海峡に次ぎ、最速時で9.4ノット(時速17.4km/時)に達し、お客様は写真ではなくビデオ撮影をしたくなるのです。

外国人観光客には海外の類似事例を紹介すると印象に残りやすいのですが、海峡といえば英仏を分けるドーバー海峡を比較に挙げたりします、という声もありました。ドーバー海峡は幅が34km、トンネルの長さも50Kmですから、歩行者用トンネルが徒歩15分で渡れてしまう関門トンネルは、規模的にその超ミニチュア版という感覚になるでしょう。

830年余も前の源平合戦では、ここに合計1,300艘もの舟がひしめきました。和布刈公園にある合戦の様子が描かれたタイル壁画を予め見せておくと、観光案内の順序としては効果的ですね。

関門海峡の潮流は、満潮、干潮に合わせて1日4回も向きが変わります。合戦時も昼は東流れの潮流に乗って平家が優勢に源氏を攻めていたのに、同日午後3時になると、流れは満潮に合わせて180度逆の西流れになりました。兵士の疲労も出始めたでしょう。逆の流れに乗った源氏が、船頭や漕ぎ手を狙うという奇襲で船の自由を奪って平家を追いこみ、「平家、急潮に滅ぶ」という平家滅亡潮流説となったわけです。こんなストーリーは外国語で無駄なくスムーズに、しかも淡々と語れるようになっていたいものです。

その源平合戦では、当時8歳(満6歳)の安徳天皇が、平清盛の妻で祖母にあたる二位の尼に抱かれ、入水することとなりました。怯える天皇に対して、二位の尼は「海の下にも都があるので行きましょう」と言ったと言われます。その海の下の都の宮殿というのが竜宮城であるとして、下関側にある安徳天皇を祀った赤間神宮は、まさにその竜宮城のイメージの佇まいです。二位の尼、平知盛他平家一門の塚近くにあるのが、菊の御紋に飾られた安徳天皇のお墓。12世紀の終わり、パリでノートルダム大聖堂が建った頃に、日本では貴族政治から武士による政治に変わりました。その歴史的な合戦に纏わる神社です。

…と、ここまでサラサラとガイド・トークを進めてゆきがちなのですが、一点ひっかかるのは“入水”です。日本の文化では20世紀においても、“敵に捕らえられて辱められ、殺されるくらいなら自決する、自害する”という考え方が抵抗なく理解されたのですが、外国の文化や考え方からすると、“なぜ命を粗末にするのか?”という見方もあって戸惑う人もいるわけです。そこで、一言「~という日本の考え方から、武士も女官達も一斉に入水という事態になったのだ」という当時の人々の考え方を補足すれば、文化のギャップを埋めた親切なガイディングになるのかと思います。

朱赤の鮮やかな色使いが華やかで可愛らしさのある神宮ですが、背景のストーリーを理解すれば、参拝する者の心の持ちようも深く変わりますね。

また、「赤間神宮は、もともとは阿弥陀寺と呼ばれていました」
と、言及するガイドさんが多いかもしれません。しかし、その一文だけで終わってしまうと、聞く側からすれば「なぜ?」という疑問が沸きます。「なぜ名前が変わったのか?さらには、なぜ仏教の寺から神道の神社に変わったのか?」(そもそも寺と神社の違いにも理解が及ばないケースも多いのですが)外国人観光客は、キツネにつままれたようにただ聞き流すだけになって、一瞬置いてきぼりにされた感覚に陥りそうです。

それを言うならば、明治元年に政府が「王政復古」「祭政一致」実現の為に発した神仏分離令について、また、それまでの神仏習合の慣習にも触れたいと思ってしまうところです。が、天皇家の始祖は天照大神であるという神話が一説で信じられていることも紹介できるのではないでしょうか。安徳天皇を祀るのはやはり神社が相応しいと、ストンと納得に繋がりやすいかもしれませんね。

何か説明をする時、できる限り「その理由は…」「なぜならば…」を加えるととてもわかりやすく、聞き手に優しいガイディングになります。ちなみに赤間神宮にある「耳なし芳一」のお堂に案内する時も、
「単に“芳一という盲目の琵琶法師が…”というだけではなく、“当時は身体的に障害のある者が生まれると村人は世話がしきれないので、地域のお寺に預けられる習慣があった”という社会的背景の説明を加えます」
というガイドさんがいらっしゃいましたが、まさにその通り、それがガイドの価値を高める大事な情報ですね。

ランデル 洋子(全国通訳案内士/GICSS研究会 理事長)

名古屋出身。フリーランスの英会話講師、海外旅行添乗員・海外駐在員、通訳ガイド、ビジネス通訳、アラスカツアーオペレーター事業運営などを経たのち、株式会社ランデルズにてグローバル人材育成や通訳ガイドの派遣・研修業務に携わる。元アメリカ大統領親族のアテンドなど重要業務を歴任しつつ、オランダIOU大学で異文化情報学博士号を取得し、GICSSを創設。愛知万博では日本(政府)館VIPエスコートのトレーニング講師を務めるなど全国での講演、研修、執筆活動に従事。また観光庁の通訳ガイド関連の委員会委員を歴任。日本の通訳ガイド育成の第一人者と定評がある。

著書:「電話の英会話」「英語を使ってボランティアしたい」「外国人客を迎える英会話」「通訳ガイドがゆく」など11冊。

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