【コラム】With&Afterコロナのツアー現場(ガイドの、ガイド)

エピソード

まもなくコロナも、季節性インフルエンザと同等の扱いとなって、過渡期の諸問題はうやむやのうちにフェイドアウトしてしまうのかもしれない…こんな危惧感を持って、最近ツアー現場で実際に起こった問題の一部をご紹介したいと思います。

ガイドのA子さんは、地方自治体が主催するFamトリップのガイド業務に従事しました。お客様は旅行会社社員を主体とした20名、全体で7日間のツアーです。が、入札案件であったため、A子さんがガイドしたのはX地域の地方自治体が担当した最初の3日間と最後の2日間。中の2日間についてはY地域の自治体が担当し、地元では別のガイドさんが手配されていました。

1本のツアーなのですが、それぞれの自治体が別途に受諾した案件の組み合せであった為、X,Yの両地域間では情報の共有がなされず、A子さんはお客様が自分の手を離れた2日間の様子は全く情報がないままにツアーが終始したのでした。

楽しくX地域を終えてY地域にお客様を送り出し、3日後にそのお客様を駅に迎えに行こうとした矢先、旅行代理店から「お客様の1人が濃厚接触者となった」という連絡が入ったのです。どうやらY地域でのフリータイム中に一緒に食事をした地元の関係者が、直後に発症しコロナの陽性反応が出てしまったとの事。翌日の午前中、お客様は全員が予定キャンセルでホテル内に留まる事態となったそうです。陽性者がガイドだったのか?自治体の担当者か?詳細はまったくわからぬまま。

しかしその日の午後には、予定通りお客様達は、Y地域からX地域に新幹線で戻って来たのでした。駅に迎えに行ったA子さんは旅行会社から、
「濃厚接触者のお客様は別行動となるので、列車を降りたら本体とは別の車両で移動させてください」
と指示を受けました。ホテルに到着すると旅行会社からさらなる連絡が。翌日の旅程については、他の19名のお客様は予定通りツアー参加。ですが、濃厚接触者はただ1人、終日ホテルの部屋で隔離、食事も1人で食べて部屋からは一切出てはならないということになりました。運営上の規定ですから守らねばなりませんが、それをお客様に伝えるのはA子さんの役目となるのでした。

A子さんはY地域での推移詳細がわからぬまま、それをお客様に伝えたところ、それまで穏やかだった濃厚接触者のお客様は怒りに震えて態度が豹変、A子さんはひどい罵声を浴びせかけられてしまいました。
「なぜ日本にまで来て、こうなるの!」

誰かにぶつけなければ収まらないだろうお客様の気持ちを考えて、A子さんは泣きたい気分になりながらそれを忍耐強く受け止めました。
「こんな重要な通告をするのはガイドの役目じゃなくてツアー主催の責任者じゃあないの?」

濃厚接触者となったお客様の興奮は収まりません。

その後、自治体の責任者からの事情説明とお詫びがあり事は収まったのですが、ツアー終了後にA子さんの体調が悪化しました。声が出ず体のあちこちが痛み、検査をしたところ幸い陰性ではありましたが、回復には3-4日かかりました。単なるストレス症状だったのでしょうか。

彼女の心の内はモヤモヤしています。

“濃厚接触者と分かっていてホテル隔離はするのに、新幹線には予定通り一般客に交えて乗せるのか?” Y地域においては濃厚接触が判明してから時間がなく、諸検討する時間も間に合わないまま、恐らく混乱のうちに新幹線に乗せてしまったとしたら、その対処は適切だったのでしょうか?

“もし私(ガイド)が陽性になってしまったら、どうしたら良かったのだろうか?”

単なる観光旅行ならともかく、事前に念入りに何度も打合せを重ねて準備がなされたFam Tripです。パッと他のガイドが代わってできるものではありませんでした。軽症だったら陽性とわかってもその申告を躊躇したかもしれない…国民の税金をあんなに使って実施したFamツアーだから…と苦悩したそうです。

様々な点で明確な正解がない事もあるはずです。つまり判断に困る場面が突然起こるのです。どの時点で陽性者や濃厚感染者が何名でたらどうする、ガイドがそれに該当したらどうする、こんなことが起こったらどうする、という取り決めが詳細のケースに合わせたマニュアルで周知されていれば、皆が動揺して振り回されることが少なかっただろうに…と、やりきれない思いが残ったのでした。

一般のツアーとは違う、政府や自治体がかかわるプログラムだからこその特殊な事情が複雑に絡んだとも考えられます。

「昨年の初夏、検証実験ツアーをやった時は、それはもう細かく決め事があったのですがねえ…」

とA子さん。突然の事で関係者がそれぞれに戸惑い、苦悩したことでしょう。事前に想定もできたはずとも言えるのですが、他にも様々な混乱の実態が問題として浮き彫りになります。

こんな氷山の一角は、そのうちに“コロナ・トリビア”として、業界の記憶から一過性のケースとして消えてゆくのかもしれません。現場の最前線で対応する通訳ガイドは大変です。でもその経験を、今後も形を変えて起こり得る何らかの有事に備える貴重な学びとして、活かしたいものですね。

ランデル 洋子(全国通訳案内士/GICSS研究会 理事長)

名古屋出身。フリーランスの英会話講師、海外旅行添乗員・海外駐在員、通訳ガイド、ビジネス通訳、アラスカツアーオペレーター事業運営などを経たのち、株式会社ランデルズにてグローバル人材育成や通訳ガイドの派遣・研修業務に携わる。元アメリカ大統領親族のアテンドなど重要業務を歴任しつつ、オランダIOU大学で異文化情報学博士号を取得し、GICSSを創設。愛知万博では日本(政府)館VIPエスコートのトレーニング講師を務めるなど全国での講演、研修、執筆活動に従事。また観光庁の通訳ガイド関連の委員会委員を歴任。日本の通訳ガイド育成の第一人者と定評がある。

著書:「電話の英会話」「英語を使ってボランティアしたい」「外国人客を迎える英会話」「通訳ガイドがゆく」など11冊。

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