このコーナーでは、皆さんの今後の活動の参考にしていただくよう、全国のインバウンドガイドの様々な体験、失敗談のエピソードを紹介致します。今回は関西を拠点に活躍中の全国通訳案内士、菱田啓子さんにお話を伺いました。
主に京都、大阪、神戸にお客様をご案内している英語・ドイツ語の2か国語ガイドさんです。
トラブル発生! 牧場の神戸牛が見たい!
菱田さんはFITのお客様のご案内をメインに活動しています。この日はロサンゼルスから来られたアメリカ人4人家族、父親と10代の息子さんと2人の娘さんを京都にご案内することになっていました。宿泊先であるザ・リッツ・カールトン大阪に朝お迎えに行き、そこから手配済みのタクシーに乗って、1日京都観光をして戻ることになっていました。
ところがご挨拶をして行程を確認したところ、お客様は神戸牛に関心がある、それも食べるよりも牧場での飼育現場を見学したいと言うのでした。「神戸牛は日本酒を浴びてマッサージを受けているのでしょう。それを見たい!」というのがこのお客様の強い要望でした。なんでもアメリカのテレビ番組で、寝転がった牛に日本酒でマッサージをしている場面を見た、と。『何か誤解があるような?』と戸惑いがありましたが、お客様のご要望には出来る限り対応するのが、FITガイドの重要な役目でもあります。
その時ガイドがとった対処法は?
神戸に直行しても牧場が見つからない可能性もあるので、タクシーを京都に向かって走らせる中、菱田さんは神戸市のインフォメーションセンターや観光課に電話を掛けました。市の窓口が調べて下さった結果、兵庫県豊岡市近郊に見学可能な神戸牛の牧場があることがわかりました。しかし、タクシーのドライバーさん情報は「京都から向かったら、高速を飛ばして3時間ほどかかりますよ」です。
それでもすがる思いでその牧場に電話をかけたところ「見学者は受け入れているが検疫上の制約から、海外からの渡航者の施設への立ち入り許可は日本入国後最低3日以降、このお客様は前日に来日したばかりなので入場不可、とわかりました」と、菱田さんはその時の一喜一憂を振り返ります。
事情を逐一説明しながら、タクシーは京都に着きました。まず清水寺をご案内しましたが、お客様は神戸牛のことが諦められず「牧場が無理なら、代わりに神戸に行って本場の最高級のビーフを食べたい」とそこはどうしても譲れない様子でした。結局京都での滞在を1時間そこそこで切り上げて、神戸元町へ向かいました。
幸い、元町の神戸ビーフ専門レストランに着いた時にはランチタイムをかなり過ぎていたので、待たずに入店が出来、「自分では手が出ないような最高級ステーキをご一緒しました(笑)」。お客様ご家族全員が料理には満足されましたが、お父様はホテルに帰るタクシーの中で「やっぱり牧場が見たかったなあ」とつぶやいていました。
トラブルの原因はどこに?
FITのお客様の旅程は自由度が高く、予定されているプログラム通りに進まないことがよくあります。お客様の方でも、細かいことは現地ガイドに当日伝えればそれでいい、と思っている節があるようです。
転ばぬ先の防止策は?
菱田さんは『FITガイドは“突拍子もない要望を出されるのが普通”の心構えでいることが大事』と捉えています。「お客様ご自身も漠然としたイメージでしか求めているものを表現出来ない場合もあるので、言葉の端々から、それは何を意味しているのか、お客様は何をされたいのかを的確に見極め、望ましい解決策をお客様と一緒に導き出せるように努めています。現場でその対応が出来るように、普段から色々なことにアンテナを張るようにしています。これからも自己研鑽を続けていきたいですね」と締めくくりました。
(執筆:舟橋 宏/GICSS研究会)
菱田啓子(全国通訳案内士)
![]() | 2015年より英語、2016年よりドイツ語も加えて主に京都・その他関西圏で稼働中。コロナ禍前のガイド日数は年間150日前後。趣味は京都の雅な景色を写真に撮ること。そして海外の方にも王道以外の京都の魅力を発信し、伝えていくことが今後の目標。 |
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