【コラム】そして誰もいなくなった(転ばぬ先のガイド事件簿)

エピソード

このコーナーでは、皆さんの今後の活動の参考にしていただくよう、全国のインバウンドガイドの様々な体験、失敗談のエピソードを紹介致します。今回は和歌山県在住の高野熊野地域通訳案内士、和田良穂さんにお話を伺いました。熊野のことならなんでもご存知の、地域に密着した英語のガイドさんです。

トラブル発生!もう歩けない

和歌山県の熊野古道は、世界遺産にも登録され、那智の滝や大門坂など見どころの多いハイキングツアーの地として、内外の観光客に人気があります。ガイドとしては体力も必要なエリアですね。

いくつかのルートがある熊野古道のうち、古来より多くの旅人が歩いたのは、京都から大阪・和歌山を経て田辺に至る紀伊路、そして田辺から山中に分け入り熊野本宮に向かう「中辺路(なかへち)」です。

その熊野古道中辺路、総距離65kmを5日間かけて歩くツアーがあります。田辺市の「滝尻王子」を出発して、3日目に本宮大社を詣で、最後は那智勝浦に出るという、熊野古道主要路のひとつです。地元ガイドの皆さんは、毎日自宅から通って行程を進めるのが一般的で、このときはフィリピンの会社経営者仲間という50-60代の5人の男性をお連れしました。皆さん元気な方々で、1日目2日目と順調に歩きましたが、3日目のその日、メンバーのおひとりが、
「今日はもう、歩けない」
と言ってこられました。

よくよく事情を伺うと、その方は訪日直前に手術を受けておられ、痛み止めの抗生物質を飲みながらそれまでの旅を続けてこられたのですが、その薬が切れてしまったというのです。患部が痛んで歩けないので、薬局で抗生物質の薬を手に入れたいとのことでした。

その時ガイドがとった対処法は?

薬局で抗生物質を購入するには、まず病院で処方箋をもらう必要がありました。しかしその日は土曜日で最寄りのクリニックは閉まっており、救急病院へは新宮市か田辺市まで車で1時間ほど移動しなければならないことなどを説明すると、
「ここは日本じゃないか、なんだか南米の奥地みたいじゃないか!」
と、最初はご立腹でした。が、やむを得ない状況であることをご理解いただいて、その日1日は何とか痛みをこらえて同行して頂きました。

ですが、連絡をとった自国のかかりつけ医からはすぐに帰国するように言われて、この方は翌日一人で帰国されることになり、あとのお仲間の皆さんは4人で旅を続けることになりました。

これで一段落、とその夜、皆さんとお別れして帰宅した和田さんのところに、翌朝早くこのお仲間のひとりから、ひどく慌てた様子で電話がかかってきました。
「我々も全員、今日帰国することにした!」
という、いきなりの連絡でした。とても困惑しているというその方の話をよくよく聞くと、思いがけない事態が起きてしまっていたのでした。大浴場でのトラブルです。

温泉宿の大浴場は、男湯と女湯が日替わりで入れ替わる場合がよくあります。このお客様は、夜中に男女の浴場が入れ替わったことに気がつかず、その朝たまたま誰もいなかった浴場で汗を流し、さあ出ようというときに入ってきた女性と鉢合わせをしてしまったのです……。宿中で大騒ぎになってしまいました。

そもそもそのお客様は皆、とても紳士的な方たちであったこともあり、外国でこのような事態を招いたことに大変なショックを受けていらっしゃいました。とてもいたたまれなくなったようで、もともと急遽帰国する予定になった方と一緒に、全員で帰ることに決めたということでした。

その日和田さんは、結局5人全員を複雑な気持ちで田辺駅で見送って、お別れをすることになりました。

トラブルの原因はどこに?

和田さんは話します。
「思いがけない事態に、私自身も困惑しました。このときガイドはお客様とホテルに同宿ではなく、自宅から毎日通いでご案内していたことも一因かもしれません。浴場の使い方の説明などは宿にも注意書きがありますし、それまでこのようなトラブルは聞いたことがありませんでした。お客様自身のうっかりミスという部分も大きいと思います。

それ以後は、私もガイドとして、お客様にあらかじめ説明するようにしています。これを読まれているガイドの皆様にも、十分に注意をしていただければと思います。」

転ばぬ先の防止策は?

日本の宿の大浴場の使い方というのは、湯舟へのつかり方も含めてジェネラルトピックとして興味深いテーマだと思います。そのような話題を楽しくお客様に提供しながら、さりげなく注意喚起をするということが有効かもしれません。

あのとき、お客様が全員予定を切り上げて帰られてしまったのは残念ですが、これからもお客様には丁寧に熊野古道をご案内したいと思います、と話される和田さんでした。ご自身、熊野古道を愛してやまない、その誠実なお人柄が感じられました。(執筆:舟橋 宏/GICSS研究会)

和田良穂 (高野・熊野地域通訳案内士/全国通訳案内士)

主に熊野古道中辺路のご案内を中心に活動。和歌山県の魅力を更に発信できるように、熊野古道の他のルートや、県のその他の観光スポットや史跡を勉強中。一般社団法人和歌山地域通訳案内士会の設立にも尽力。コロナ禍前の年間ガイド回数は120~150日。

 

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