【世界遺産】「古都奈良の文化財」の全体像 ~構成資産の特徴~

ナレッジ

1. はじめにー古都奈良の文化財についてー


世界文化遺産である「古都奈良の文化財」は、姫路城や原爆ドームなどに続いて日本で7番目の世界遺産として1998年12月に登録されました。710年から784年まで平城京として都でが置かれていました。政治・経済・文化の中心として栄え、日本文化の原型が形成されました。構成する資産は8件で、いずれも奈良市内に位置します。この記事では、古都奈良の文化財について、構成資産や登録の理由などを説明します。

平城京に都が置かれた理由は諸説あります。遷都する前の都であった藤原京(奈良県橿原市・明日香村)で病が流行していて縁起が悪かったため、交通の便が藤原京よりも優れているためといった説があります。また、北に山があり、東に川が流れているなど風水の考え方に基づくと、奈良が適した場所であったとも言われています。
その後、平城京から長岡京、平安京へと遷都がされました。その理由には寺院の権力が強くなりすぎたことを当時の天皇(桓武天皇)が懸念していたこと、水路など物資を効率よく運搬できる交通網が必要だったことが挙げられます。遷都された後の奈良は農村へと戻っていきましたが、世界遺産に登録された寺社仏閣は独自の影響を持ち続けたと言われています。

2. 世界遺産に登録された理由

古都奈良の文化財が世界遺産に登録された理由について説明します。中国や朝鮮半島との交流の歴史と、日本の宗教文化の特徴を示しているという2つの観点から評価されています。

中国や朝鮮半島との交流の歴史

古都奈良の文化財は、日本の建築や芸術の発展を示している貴重な証拠であるほか、中国や朝鮮半島との文化的交流が評価されています。
具体的には、中国の風水思想によって都の位置が決められたこと、唐の都にならって碁盤の目状の区画が整備されたこと、さらには宮殿、寺院、神社などの建築のデザインが、他の古代アジアにおける都市との関連性があることなどが挙げられています。また、東大寺の正倉院に収蔵された渡来品にはシルクロードを通じた、ローマやペルシャの文化を感じることもできます。

日本文化の繁栄

奈良に残る独特の建築遺産は、奈良に都が置かれていた期間における日本文化の繁栄を示しています。仏教建築群は東アジアの影響を受けながらも、独自に発展を遂げた建築であることが評価されていることに加え、宗教の形態も、人々の暮らしと関わりを持ちながら、8世紀から現在まで残されていることが評価されています。特に自然(春日山原始林)と一体になった宗教的な空間は特徴的なものです。

3. 構成資産の地域分布

古都奈良の文化財を構成する8つの資産ですが、これらは4つのエリアに分かれて分布しています。ここではそれぞれのエリアの特徴や交通アクセスについて紹介します。

奈良公園エリア(①東大寺、②興福寺、③春日大社、④春日山原始林)

古都奈良の文化財の中でも、特に有名なスポットが集まるエリアです。周囲には興福寺・五重塔の池に映る姿が美しい猿沢池や、山焼きで有名な若草山、奈良国立博物館などの見どころがあります。行楽シーズンやイベントの時季は奈良で最も混雑するエリアでもあります。

ならまちエリア(⑤元興寺)

古い町家が立ち並ぶ景観を楽しめるエリアで、かつては元興寺の境内でした。町家の風情を活かしたカフェやレストランも多く、まち歩きが楽しめるエリアです。奈良公園エリアからも近く、近鉄奈良駅が最寄りです。

西ノ京エリア(⑥薬師寺、⑦唐招提寺)

2つの構成資産があることに加えて、赤膚焼(あかはだやき)や奈良一刀彫などの伝統工芸を製造する工房に立ち寄ることもできます。バスや電車の他、大和西大寺駅からのレンタサイクルを利用した周遊も可能です。西ノ京駅が最寄りです。

新大宮エリア(⑧平城宮跡)

広大な平城宮跡は、公園内を歩くだけでも楽しめますが、平城宮跡周辺にはかつて総国分尼寺(全国に置かれた尼寺を統括した寺)として隆盛した法華寺や、旅人を守護することで有名な海龍王寺など、寺院が豊富にあるエリアです。新大宮駅が最寄りです。

5. 構成資産の概要

「古都奈良の文化財」における8つの構成資産を紹介します。

1. 東大寺

8世紀に建てられた寺院です。奈良時代に疫病が広まったため、それを封じるための国家事業として大仏が建立されました。それ以来、東大寺は祈りと仏教研究の場として発展しました。戦災や落雷により幾度も大仏と東大寺は被害を受けてきましたが、その度に人々の協力によって復興してきました。
東大寺は華厳宗の総本山ですが、他の宗派との関係性も深いです。奈良仏教には6つの宗派(華厳宗、法相宗、律宗、三論宗、成実宗、倶舎宗)がありますが、複数の宗派を兼ねることが普通で、特に東大寺は6つの宗派に属していました。近代以降は所属宗派を明示する必要から、現在のように華厳宗を名乗っています。

2. 興福寺

有名な貴族である「藤原氏」の氏寺(一族の繁栄と死後の幸福を祈る寺)です。710年の実質的な創建以来、大きな力を持つ寺院で、室町時代には奈良県一帯を実質的に支配していました。明治時代の廃仏運動により大きな被害を受けましたが、美しい堂塔と仏像の数々を現在でも見ることができます。
平安時代には藤原氏の氏神を祀る春日大社と共に、「大和国(奈良県)」の荘園のほとんどを領有し、事実上の支配者となっていきました。その勢力は戦国時代末期まで続きましたが、織田信長や豊臣秀吉の台頭とともに力を失っていきました。

3. 春日大社

平城京の守護と国民の繁栄祈願のために768年に創建されました。藤原氏の氏神である武甕槌命(たけみかづちのみこと)を祀っています。国家にとって重大な出来事が起こった際に参拝されてきた歴史があり、貴族から信仰されてきました。
奈良公園で多く見られる鹿はこの神社の神の使いと言われています。そのルーツは武甕槌命が茨城県の鹿島から奈良に移ってくる際に白鹿に乗ってきたことに由来します。また、全国に約1,000社ある春日神社の総本社でもあります。

4. 春日山原始林

春日大社の裏手に広がる原始林です。春日大社の神域として神聖視されたことから、1,200年間、樹木の伐採と狩猟や採集が禁じられてきました。人の手が入らず守られてきた森林が残っており、市街地に近接して原生林が残っている世界的にも珍しい場所です。遊歩道が整備されており、原始林の中を歩くこともできます。
遊歩道は奈良市街を一望出来る若草山へと続いていて、夜には「新日本三大夜景」として登録された若草山からの絶景を楽しむこともできます。

5. 元興寺

日本最古の寺である飛鳥寺が、平城京への遷都とともに現在の地へ移転した寺院です。718年に創建され、1,300年以上の歴史を誇ります。奈良時代に朝廷の保護を受けた南都七大寺の一つとして繫栄し、広大な寺域には、金堂、講堂、塔などが立ち並んでいましたが、平安京遷都後には衰退し、現在では一部の建物が現存します。
境内には日本最古となる飛鳥時代の瓦が見られ、小さな境内ながら歴史を感じながらゆったりと過ごすことが出来ます。近隣にある、ならまちの古い街並みを散策するのは定番の観光ルートの一つです。

6. 薬師寺

天智天皇が妃の病気の治癒を祈るため、680年に創建された寺院です。718年に現在の地に移りました。奈良時代の仏教彫刻の最高傑作とも言われる薬師三尊像が見どころです。
また、薬師寺の中で、唯一奈良時代から現存している東塔は貴重な建築です。「凍れる音楽」と評され、高い工芸技術を感じられます。薬師寺の西にある勝間田の池から見える金堂、西塔、東塔の景観は撮影スポットとしても有名です。

7. 唐招提寺

仏教の宗派の一つである律宗の総本山です。唐からやってきた僧である鑑真(がんじん)が759年に創建し、晩年を過ごしました。それまでの日本にはなかった、仏教の決まりである戒律が日本各地へと広がるルーツとなった場所であり、日本の仏教史上において重要な場所でもあります。
鑑真は50代の時に日本へと招かれ、渡航を試みましたが、12年の間に5回も失敗を重ねました。6回目の挑戦でようやく日本の地を踏み、その後亡くなるまで約10年にわたって日本仏教の発展のために貢献しました。

8. 平城宮跡

710年に奈良に遷都された平城京の宮殿跡です。建物は木造で作られていたこともあり、現存していませんが、地下の遺構は良好な状態でした。発掘調査により、平城宮跡歴史公園として整備され、奈良時代の建造物の再現が進められており、なかでも当時の天皇が政務を執った大極殿(だいごくでん)や、平城宮の正門である朱雀門(すざくもん)などが復元されています。公園内の施設ではVRで奈良時代の平城宮を体感することもでき、奈良時代の景色や風俗が身近に感じられる場所となっています。

6. おわりにー旅行者を案内する際のポイントー

奈良は構成資産が比較的まとまっているため、世界遺産のみであれば2日程度で周遊することができます。構成資産も近い時代に建造されたものが多く、複数の時代に跨った説明はあまりなく、比較的案内がしやすいエリアです。

また、京都との比較も重要な点です。世界遺産の観点では、京都は1,000年以上都が置かれたことによって育まれ、現在まで続く伝統工芸や伝統芸能など、文化的な連続性が評価されています。対して奈良は、寺社仏閣を中心に古代における日本の姿が現在に残されていて、史跡としての希少性や歴史の長さなどが評価されています。

旅行者を案内する上では、この記事で紹介したような世界遺産に登録された理由や、それぞれの構成資産の歴史を紹介すると、奈良で育まれてきた歴史や文化をより深く旅行者に伝えられるでしょう。ガイドナビでは古都奈良の文化財のほかにも、同じく奈良県内の世界遺産や、京都など他地域の世界遺産について解説した記事がありますので、参照ください。

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