【世界遺産】「日光の社寺」の全体像 ~構成資産の特徴~

ナレッジ

1. はじめにー日光とはー


この記事では、日光の世界遺産について解説します。世界遺産に選ばれた理由や構成資産の特徴などに触れています。
「日光の社寺」が日本で10番目の世界文化遺産として登録されたのは1999年のことです。日光山にある二荒山神社、東照宮、輪王寺の100以上の建築群とそれらを取り巻く景観が世界遺産を構成する資産として認められています。

日光は古代より男体山(なんたいさん)、女峯山(にょほうざん)、太郎山の日光三山を中心とした山岳信仰が盛んな地域でした。鎌倉時代には真言宗や天台宗など仏教が入り混じった神仏習合の信仰が形成されていました。江戸時代になり、徳川家康が死去した後、遺言をもとに神として祀る場所に日光が選ばれ、東照宮が作られました。そこから参拝客が増え、日光街道など交通網が整備されたこともあり、景勝地として知られるようになりました。明治時代には中禅寺湖や日光湯本温泉などを外国人が訪れるようになり、近代的な宿泊施設も整備され、国際観光都市としても発展しました。

2. 世界遺産に登録された理由

日光の社寺が世界遺産に登録されたのには、次の2つが理由として挙げられます。

芸術的価値の高い建築が存在すること

日光の建造物の多くは、江戸時代の芸術の作品群とも言われています。日本画家の狩野探幽(かのうたんゆう)や大工棟梁の甲良豊後守宗広(こうらぶんごのかみむねひろ)をなど、当時を代表する職人、芸術家が日光の社寺の造営に関わりました。
特に東照宮と大猷院霊廟(たいゆういんれいびょう)の建築様式である権現造は、後の時代の神社建築に大きな影響を与えたことも評価されています。また、古来から続く神道と仏教が融合した神仏習合の信仰が育まれ、建築群にその影響が感じられます。

自然と一体となった宗教空間

現在の日光に残る信仰は、江戸時代から盛んに行われてきた宗教行事によって継承されてきたものです。江戸幕府を開いた徳川家康の墓所があることから、代々の将軍が日光へ参拝しました。加えて、朝廷や海外からの使者も日光を訪れました。そのような背景から、日光は政権を支える重要な役割があり、日光周辺の宗教空間は手厚く守られてきました。
また、政権の力だけではなく、市民の努力によっても信仰が保護されました。建築群はもちろん、石垣や階段など森と一体化した宗教空間が維持されていることも評価されています。

3. 構成資産


ここでは日光の社寺を構成するそれぞれの資産の概要と主な見どころについて紹介します。構成資産が複数存在するものの、一つのエリアに集中していて、徒歩でも周遊可能なため、1日で全て訪問することができます。ただし、最寄り駅となる日光駅からはバスを利用する必要があります。また、自家用車向けに駐車場が整備されています。
日光を訪れる際は、世界遺産のエリアだけでなく、中禅寺湖や鬼怒川温泉など、周辺の名所も旅程に組み込まれることも多くあります。

二荒山神社(ふたらさんじんじゃ)


古来から山岳信仰を受け継いできた神社です。創建は767年とされています。標高2000メートル以上の「男体山(二荒山)」をご神体としています。現在では縁結びのご利益で人気となっています。木造朱塗りの美しい神橋も見どころであり、境内の23棟が重要文化財に指定されています。

社名の二荒山(ふたらさん)の由来には諸説があります。観音菩薩が住むとされる「補陀洛山(ふだらくさん)」が訛ったもの、日光に多く生えていたイネ科の植物クマザサのアイヌ語「フトラ」などと言われています。また、弘法大師がこの地を訪れた際に「二荒」を「にこう」と読み、「日光」の字をあて、この地の名前にしたという伝説もあります。

東照宮(とうしょうぐう)


徳川家康を祀る神社です。1617年に創建にされ、現在の主要な社殿は、江戸幕府の三代将軍・徳川家光により造営されました。建築様式は本殿と拝殿をつないで一連の建物とした「権現造(ごんげんづくり)」です。東照宮は権力者の霊を祀る霊廟建築の傑作として挙げられます。彫刻などの装飾についても、当時における最高の技術が込められています。本殿、拝殿、陽明門など8棟が国宝に、34棟が重要文化財に指定されています。

神厩舎(しんきゅうしゃ)の装飾である三猿は有名です。他人の欠点や過ちを見ようとせず、聞こうとせず、言おうとしない方がいいという意味で「見ざる、言わざる、聞かざる」を猿で表現しています。三猿は日本発祥ではなく、中国を経由して日本に伝わったという説があります。

輪王寺(りんのうじ)

766年に創建され、日光山の中心寺院として発展してきました。徳川家光を祀る大猷院(たいゆういん)が見どころの一つです。東照宮に比べると規模は小さいですが、繊細な技巧が凝らされています。大猷院霊廟、拝殿などが国宝に、その7棟が重要文化財に指定されています。

「三仏堂」は日光最大規模を誇る木造の建造物です。建物内では日光三山の神が仏の姿をして現れた、千手観音(男体山)、阿弥陀如来(女峰山)、馬頭観音(太郎山)を見ることができます。

二社一寺周辺の景観遺跡(文化的景観)


上記3つの建築群の周辺に見られる自然と人間の調和によって形成された景観です。8世紀以来、山岳信仰の聖域とされ、寺社仏閣を取り囲むように形成された森林と山の地形を利用してつくられた石垣、階段、参道などの建造物によって構成されます。それらによって古くから続く日本的宗教空間を受け継いでいます。
文化的景観とは、1990年代に世界遺産に新たに取り入れられた概念で、自然や人工物の集合体ではなく、相互が関係し合って文化を表現するという考え方です。国内では「石見銀山遺跡とその文化的景観」や「紀伊山地の霊場と参詣道」、海外では「バーミヤン渓谷の文化的景観と古代遺跡群」(アフガニスタン)や「アルト・ドウロ・ワイン生産地域」(ポルトガル)などの事例があります。

4. おわりにー日光の本質的な理解ー

日光が世界遺産に登録された理由や歴史的価値、世界遺産を構成する4つの資産群について紹介しました。

日光は東照宮の陽明門や神厩舎の三猿が人気のため、徳川家康を神として祀る場所と紹介されることが多いですが、それは一つの側面に過ぎません。本質的な理解をするには、東照宮ができる以前から培われてきた信仰の特徴を知る必要があります。地域全体が古代から続く日光三山の山岳信仰の場で、神道と仏教が交じった信仰(神仏習合)が発展したことを押さえる必要があります。

そのような地域の特性を踏まえると、二荒山神社と輪王寺が先に存在し、その後に東照宮が完成し、相互の関係性の中で二社一寺周辺の景観遺跡が形成されたという、現在の日光が作られた歴史的変遷が分かりやすくなります。

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